将棋三段の壁に8年苦しんだ私が、挫折から立ち直れた3つの考え方

こんにちは。コージーです。私は、三段に上がってから、8年間昇段できていません。それでも、今が一番将棋が楽しいです。

私は、小学生の頃に将棋を覚えました。続けたり辞めたりを繰り返し、趣味と言える程度には続けていました。アマチュア初段程度の実力はありました。

転機

ちょうど将棋を辞めていた時期に、転機が訪れます。

それは藤井聡太フィーバーです。大学生の頃でしたが、ヒーローの活躍にワクワクさせられました。

藤井聡太フィーバーを見て、私はまた本格的に将棋がやりたくなってきました。

ちょうどその頃、近所に将棋教室ができたので無料体験に行くことにしました。

将棋教室に行くと、プロ棋士の先生の指導対局を受けられました。教え方が上手く、私の将棋の特徴について褒めてくれたのです。私は、それが嬉しくて将棋教室に通うことにしました。

その時期に、対面で将棋を指せる場所がないか調べていました。

どうやら将棋会館に行くと、将棋道場があると聞きました。面白そうだったので、そちらにも通うことにしました。

将棋が強くなりたい、勝ちたい、と思い本気で勉強することにしました。

将棋教室や道場に通い、大会に出て、詰将棋を毎日20問解く。時間が有り余っていたので、図書館で将棋の本を上限いっぱい7冊借り、2週間で全部読んで返却する。そんな生活を送っていました。このような生活を半年間送っているとみるみる棋力が伸びました。

主戦場は将棋道場でしたが、半年で段級位認定2級→三段にまで実力が上がりました。

※将棋道場の段級位は14級~七段になります。高い勝率の規定をクリアできれば、昇段できます。この時に、本気で五段になりたいと思いました。将棋道場の強い人たちはみんな五段だったからです。このままの勢いで行けば、すぐに五段になれるかもしれない。

そのような希望を抱いていました。しかし、そこから8年経った今も三段から昇段できていません。

将棋三段の壁 昇段できない現実

勝つこと・昇段することが目的になっていた

私が、三段に上がったのは社会人になってからすぐの五月でした。

年内に四段、翌年に五段昇段のような青写真を抱いていました。

しかし、三段に上がった瞬間、景色が180度変わりました。全く勝てなくなったのです。

三段になるまでは、勝率は七割程度はありました。三段に上がった途端に勝率が五割程度まで下がりました。急に相手が強くなりました。

最初のうちは、仕方ないと思っていましたが、徐々にモチベーションが下がっていきました。

この頃は、勝つことと昇段することがすべてでした。道場で負ける度に、イライラして心が荒んでいました。

あんなに順調だったのに、全く昇段できるような成績を残せなかったのが辛かったです。

他人と比較し続けていた

三段になると、更に非情な現実が待っていました。

私の方が強い、もしくは互角だと思っていた小・中学生に全く歯が立たなくなった事です。将棋教室で一緒だった10歳くらいの小学生たちにどんどん実力で抜かれていきました。

道場に中学生のとても強い女の子がいて、途中までは互角の成績でした。

しかし、ある時からその女の子は急に強くなって、私は1勝もできなくなってしまいました。

彼らは、私と同じ三段だったのにいつの間にか五段になっていました。

私は、社会人になってからも将棋の勉強はある程度やっていました。

でも、自分が強くなっている実感は全く持てませんでした。

将棋を楽しめなくなっていた

コロナ禍になり、あの時親切に教えてくれた将棋教室の先生も辞めて、自分を認めてくれる人もいなくなりました。

昇段の壁、小中学生に実力で追い抜かれる辛さ、が重なりどんどん将棋が楽しくなくなっていきました。

どうせ勝てない、どうせ昇段できない、という投げやりな気持ちが大きくなりました。勝てない→モチベーションを失う→勉強をサボる→実戦が減る→勝てない、といった悪循環に陥りました。

その結果、将棋道場には行かなくなりました。

将棋の挫折から立ち直れた3つの考え方

それから数年間は、ネット将棋を適当にやっていました。ずっと低空飛行でしたが、ある時からまた勝てるようになりました。それは、以下の事が原因だと思います。

・振り飛車党から居飛車党への転向

・矢印を他の人との比較から自分に向けた

・結果より過程重視

振り飛車党から居飛車党への転向

低空飛行だった時期に、思い切って自分の作戦を変えてみました。それが、振り飛車党から居飛車党への転向です。こんなに弱いんだったら、今までの自分を全てリセットしようと思ったからです。将棋の戦法は多くあり、狭い範囲でしか指してこなかったことはもったいないとも感じていました。

また、将棋教室の先生に、「コージーさんは振り飛車より居飛車の方が向いていますよ」と言われたこともあり決断しました。この時に、とてもワクワクしたのを覚えています。

どうせやるんだったらという事で、居飛車の本も読み始めました。20年近く振り飛車党だったので転向には勇気がいったのですが、この決断がとても良かったです。私は、守備よりも攻撃が好きなので、カウンター狙いの振り飛車よりも、攻撃狙いの居飛車の方が合っていたのです。最初は上手く行かなかったのですが、早い段階で順応することができました。やがて、振り飛車党時代より、居飛車党時代の方が勝率が良くなりました。

矢印を他の人との比較から自分に向けた

私は、伸びが著しい小中学生と、自分の実力の伸びを比較して絶望していました。あんなに努力したのに、あんなに勉強したのに報われない、ひたすら苦しい時間でした。

しかし、10代の将棋の成長スピードは、本当に異次元でした。この事を過去の経験から痛感した私は、矢印を他の人との比較から自分に向けることにしました。過去の棋譜を見返し、今の自分が強くなっている実感が持てればそれでいい。自分の将棋の長所、短所を徹底的に自己分析し直しました。最近では、Chat GPTに自分の将棋の特徴や、棋譜を送り分析してもらいました。その結果、勝負所でじっくり考える、優勢になった時に勇み足になりがちなので一呼吸置く、というアドバイスを貰いました。このアドバイスは今まで意識した事が無かったので、とても参考になりました。

結果よりも過程重視

これが一番の成長です。前までは、内容はどうでも良くて勝つことが全てでした。振り返って反省することも少なかったです。しかし、負けた対局の中にこそ成長のヒントが隠されていることに、最近気づきました。三段クラスになれば、ある程度接戦になることが多いです。接戦で負けたとき、なぜ負けたのかを以前より分析するようになりました。接戦負けは、もちろん悔しさもありますが、内容が良かったことを喜べるようにもなりました。ボコボコにやられた戦型に対して、ネットや棋書で対策を調べ、次は絶対に優位に進められるように作戦を考えるということを以前よりも意識するようになりました。短期的に結果を求めるのではなく、遠回りでも長期的に見て強くなる方向性にシフトチェンジしたのです。

そして、ネット将棋で急に勝率が上がりました。また将棋が楽しくなってきたのです。その勢いで、久々に将棋道場に行きました。前と変わらず勝ったり負けたりしていました。

でも、前とは違い楽しかったです。接戦も増えて、明らかに内容が良くなっていたからです。

楽しくなると、勝ちたいという気持ちがまた湧きあがってきました。

でも、今度は「楽しさ」を土台にした勝ちたいという気持ちでした。これは、自分の中で大きな変化でした。

三段の壁を越えられなくても将棋は楽しめる

三段の壁は、今も越えられていません。

でも、以前より将棋の楽しさと、勝つ喜びを両立できています。

伸び悩んだ8年間は、決して無駄ではありませんでした。

将棋を続けていれば、きっとまた少しずつ強くなれる。

いつか、三段の壁を越えられるかもしれない。でも、もし越えられなくても絶望はしない。だってあの頃の自分とはもう違うのだから。

Copied title and URL